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2010年7月アーカイブ

旧軽井沢銀座/長野県

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旧軽井沢ロータリーから旧碓氷峠方面へ向かう約500 mの区間が旧軽井沢のメインストリート。かつては中山道の軽井沢宿があったところだ。

 

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アレクサンダー・クロフト・ショー氏が最初の別荘を建てて以降、多くの宣教師や在日外国大使、そして日本の政治家や文化人がこの地に別荘を建てるようになり、軽井沢の町は中山道の宿場から異国情緒あふれる近代の街へと変貌を遂げていく。

そうした別荘客を支えるべく、旧道には東京や横浜から衣食住にわたる数々の老舗が軒を並べた。それが現在の旧軽井沢銀座の発祥である。
その後もペンションブームなどが追い風となって、夏場を中心に多くの観光客で賑わうようになり、手作りジャムや民芸品、タレントショップなど観光客を対象とした店が増えた。旧軽井沢銀座、あるいは旧軽銀座と呼ばれだしたのはバブル期以降だ。

 

 

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避暑地であることから、かつては夏季のみ営業し、冬場にはシャッターを閉ざす店も多かったが、1997年(平成9年)の長野新幹線開通により年間を通して観光客が訪れるようになったこともあり、近年では通年営業する店も増えている。

 

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初めての人は、まず最初に銀座通りのちょうど半ばあたりにある観光会館へ行き、詳しい現地のマップをもらうと良いだろう。観光会館からショーハウスに向かうほど人通りは少なくなり、落ち着いた風情が感じられるようになる。また旧テニスコート通りのような脇道には、昔ながらのお店が今も数多く残っているようだ。

 

 

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賑やかな銀座通りを通り終え、林の木陰を少し進んだところに小さな礼拝堂がある。

軽井沢で最も古いこの教会は、軽井沢を避暑地として世に知らしめた、アレキサンダー・クロフト・ショー氏が宣教師をしていた教会だ。礼拝のない時は内部が公開され、見学できるようになっている。

 

所在地 長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢57-1 
開館時間 9時 ~ 17時 (7 ~ 9月は9時 ~ 18時)
休館日 木曜日・祝日の翌日 ※7月15日 ~ 9月15日は無休
(11月1日から翌年3月31まで休館)
 
入館料 無料

 

その礼拝堂の裏手には、ショーの別荘が復元されている。

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軽井沢はもともと中山道の宿場町として開けた集落だが、江戸幕府が倒れ参勤交代がなくなると、街道を往来する旅人が急激にいなくなり、文明開化とともに衰退の一途をたどっていた。

明治19年、たまたまそんな軽井沢を通りかかったのが、カナダ生まれで英国国教会の宣教師、アレキサンダー・クロフト・ショーである。彼はこの地の環境に感動し、2年後に旧軽井沢の大塚山(だいづかやま)に簡素な別荘を建てた。

 

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ショーは友人の宣教師たちに軽井沢を 「屋根のない病院」と称し、「保健と勉学に適している」とすすめた。すると、年を追って彼らの別荘が建ち始めた。航空手段がなかった当時は、夏休みがあっても故郷へ帰るには時間のかかる船を使うしかなく、東京のうだるような暑さから開放される軽井沢は格好の避暑地だった。
明治後期には、避暑に訪れる人々を受け入れるホテルもでき、大正期になると、西武などの資本の参入で別荘地の分譲が盛んになっていく。

軽井沢の再生と発展の礎を築いたショーは、亡くなった今でも軽井沢の人々から愛される存在のようである。

  

 

 

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軽井沢の旧三笠ホテル/長野県 

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日本を代表する避暑地、そして別荘地として知られる軽井沢。
その北のはずれに建ち、深い緑に囲まれながら、訪れる人々に落ち着いた佇まいを現在も見せてくれるのが、この旧三笠ホテルである。

 

長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢1339-342
TEL 0267-42-7072 (旧三笠ホテル) 
開館時間 9時 ~ 17時 (入館は16時30分まで)
休館日 年末年始
入館料 大人400円 子ども200円 (共通券もあります)

 

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ただし、このホテルの周辺には自動車用の駐車場はなく、旧軽井沢からはバス・タクシーかレンタサイクル、あるいは駅から片道約2キロの緩やかな上り坂を、歩いて訪ねるほかに手立てはない。
だが、その疲労感に十分に見合うだけの価値が、この建物にはあるようだ。

 

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旧三笠ホテルは、設計・施工を日本人が手がけた明治後期の純西洋風の木造ホテルで、多くの外国人をはじめ、渋沢栄一、団琢磨、住友吉左衛門、乃木希典、近衛文麿、有島武郎などの著名人が宿泊した記録が残されている。そのことから当時は三笠ホテルを「軽井沢の鹿鳴館」と呼んでいたという。

 

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三笠ホテルは日本郵船や明治製菓の重役を務めた実業家の山本直良によって建てられた。ホテルの開業は1906年(明治39年)5月。 客室は30、定員は40名であった。館全体から感じる「ゆとり」の訳は、どうやらそのあたりにありそうだ。

三笠ホテルはその後経営母体が変わり、戦後には進駐軍の施設になるなどの紆余曲折を経て、1970年(昭和45年)まで営業を続けたが、1972年2月、日本長期信用銀行によって買収され、1980年3月27日、日本長期信用銀行から町に贈与された。廃業の時点で竣工当初のおよそ50%の建物が現存しており、1980年(昭和55年)に国の重要文化財に指定を受けて保護されている。

 

 

 

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渋温泉/長野県

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この写真を見て、もしやこれは...?
と感じた方は、ジブリのアニメをよくご覧の方だろう。確かにこの金具屋の建物には、映画「千と千尋の神隠し」の舞台、油屋を彷彿させる雰囲気がある。

事実、油屋のデザインには「色々な温泉が入っていて特定のモデルはない」とされているが、道後温泉本館やこの渋温泉金具屋、さらには湯原温泉油屋、江戸東京たてもの園の子宝湯、軽井沢の追分油屋旅館など、さまざまな建築物がその素材になっているようだ。

一見の価値はもちろんだが、ぜひ一度は泊まってみたいと思わせてくれる旅館の1つだった。

 

金具屋のホームページ

 

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さて、ここからは本題の渋温泉の紹介に入ろう。

1300年前に行基が発見したとされる渋温泉は、戦国時代には武田信玄の隠し湯のひとつとして、川中島の合戦では傷ついた兵士を療養させた場所といわれている。また江戸時代には、佐久間象山、小林一茶、葛飾北斎などの文人がこの地を訪れた。


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渋温泉も、湯田中温泉と同じく外湯巡りが有名で、一番湯・初湯、二番湯・笹の湯、三番湯・綿の湯、四番湯・竹の湯、五番湯・松の湯、六番湯・目洗い湯、七番湯・七操の湯、八番湯・神明滝の湯、九番湯・大湯と9軒の共同浴場が存在する。ただし、いずれも宿泊客および地元の方専用であり、どの浴場にも共通鍵がかけられている。渋温泉の宿泊者には無料で外湯の鍵が貸し出され、苦(九)労を流すと謂われる「九つの外湯めぐり」を楽しむことができるのだ。

現在は、日帰り客用に「九番湯・大湯」が有料開放されており、渋温泉旅館組合事務所または渋温泉有料駐車場管理事務所にて入浴券を販売している。 入浴券を裏面に記載してある大湯周辺の旅館・商店に提示すると、大湯の鍵を開けてもらえる。日帰りの入浴時間は10時~16時。他の外湯については引き続き日帰り入浴客の入浴は許されていない。


 

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ノスタルジックな石畳がなんともいえない渋温泉街を歩くには、川向の有料駐車場を利用すると良い。橋を渡って温泉街に入ってしまうと道が細く往生するのでご注意を。

渋温泉

 


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湯田中温泉郷/長野県

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北信州山之内にある俳人「小林一茶」ゆかりの温泉郷が、これからご紹介する湯田中温泉だ。
ここには14軒のホテルや老舗旅館などが存在し、駅から夜間瀬川沿いの高台に向かって、みやげ物屋や飲食店などが点在する温泉街が形成されている。

写真の大湯は湯田中温泉きって名所。
日本温泉協会発行の雑誌「温泉」の第47巻「共同浴場番付」において、西の横綱の道後温泉と並び、東の横綱に番付けられたことで、一躍全国の温泉ファンに知られるところとなった。

文献に残る開湯は約1300年前の天智天皇の時代。僧「智由」により発見され、「養遐齢(ようかれい)」と名づけられた。これが現在も同位置にある上の写真の大湯である。
「養遐齢(ようかれい)」の遐齢は長命長寿のことを意味するとされ、この温泉は病を癒し、心を爽やかにして、健康で長生きできる霊験あらたかな温泉であると伝えられてきた。江戸時代には草津街道の宿場として栄え、また湯治場としても利用されるようになったという。松代藩の真田氏は湯田中の湯を愛し、お城にも温泉を届けさせたという記録も残されている。


ちなみに西の道後温泉本館のレポートはこちら...

 

 

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湯田中温泉郷には大湯の他に、綿の湯・わしの湯・千代の湯・滝の湯・白樺の湯・弥勒の湯・平和の湯・脚気の湯と9軒の共同浴場が存在している。かつてはいつでも一般開放されていたが、マナーの悪さにより、現在は大湯以外の8軒が地元民および宿泊客専用となっている。ただし、一部の共同浴場は、毎月26日に一般客の入浴が可能とのこと。

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なお現在は、長野電鉄の湯田中駅前に今風の日帰り温泉施設「楓の湯」ができており、300円で手軽に名湯が楽しめる。楓の湯については、下記に詳しくレポートしてあるので興味があれば、ご参考にどうぞ。

楓の湯レポート

 

 

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さて、今度は小林一茶のお話を。
信州・柏原に生まれた俳人小林一茶は、晩年に湯田中温泉を足しげく訪れ、湯田中の湯本家離れの「湯薫亭」に長い間滞在していた。その一茶が書いた「田中河原の記」の一説にある「田のくろ、ある(い)は石の蔭より、、めでたき湯のふくふくと出て、ただいたずらに流れちりぬ。」が、湯田中温泉の名前の由来になったのではないかとも言われている。

 

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温泉街を歩くと、何箇所かで一茶の句碑を見ることができる。


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また温泉街の綿の湯から山手に進んだ雨含の松がある座生神社の裏からは、「一茶の散歩道」と名づけられた木立の中の遊歩道が作られており、途中には昭和31年(一茶没後130年)に小林一茶顕彰のため建立された一茶堂がひっそりと建っている。

 

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松尾芭蕉・与謝蕪村と並んで江戸の三大俳人と言われる小林一茶は、15才で江戸にたち、関西・四国・九州をはじめの各地を行脚し、文化9年(1812年)に50才で信濃町に帰郷した。
その翌年から、湯田中温泉の旅館主人湯本希杖その子其秋との俳諧を通じた交際が始まり、65才で亡くなるまで、この地に足しげく訪れ、希杖親子は温かく迎えていたという。その関係で湯田中には一茶晩年の日記類をはじめ一茶研究に欠くことのできない数多くの貴重な遺墨が保存され、その一部が一茶・荻原井泉水記念俳句資料館「湯薫亭」に展示されている。

信州 湯田中温泉公式サイト
http://yudanaka-onsen.info/

 

この湯田中温泉からは、アニメ「千と千尋の神隠し」に登場する油屋のモデルになったといわれる金具屋がある渋温泉、また海外からも多くの観光客がやってくる地獄谷公苑など、お勧めしたい旅の見どころが連続している。それらについても、同様に詳細レポートを記載しているので、行かれる際はぜひ参考にしていただきたい。

ここから白根山を超えて草津温泉に至るエリアは、まさにクルマ旅の「いぶし銀コース」。歳を重ねるほどにその良さが見えてくるのかも知れない。車中泊で行かれる方には、最寄の道の駅・北信州やまのうちの情報も詳しく記しているので、あわせてご覧いただければ幸いだ。

 

地獄谷公苑レポート(冬)

渋温泉

道の駅・北信州やまのうち

 

 

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地獄谷野猿公苑/長野県

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人間の若いモデルさんだって、こう色っぽい入浴シーンはなかなか撮らせてくれないのでは...(笑)

今日ご案内するのは、長野県下高井郡山ノ内町にある地獄谷野猿公苑(じごくだにやえんこうえん)。ニホンザルの保護および観察を行っているこの施設では、夏冬の区別なく野生のニホンザルが温泉に入る様子が観察できることで有名だ。特に冬場に温泉に浸るニホンザルの姿は snow monkey と呼ばれ、タイム誌などに掲載されたこともあって、海外からの観光客が数多く訪れる。
アクセスは長野電鉄長野線湯田中駅からは車で約10分。ただし冬期は道路が閉鎖されるため、上林温泉から山道を30分程度歩く必要がある。

それでは、いつものように道中から詳しく写真付きでガイドしていくことにしよう。

 

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僕が訪ねたのは厳冬の2月。従って上林温泉からのルートでのご案内になる。冒頭にもあったようにどうせ見るなら、やはりスノーモンキーのほうが面白そうだ...

 

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もう少し詳しくアクセスについて話をすると、地獄谷へは2つのルートが用意されている。


①渋温泉・信玄釜風呂前ルート(冬期通行止め)
渋温泉の信玄釜風呂前の急な坂道をクルマ2kmほど走ると専用駐車場(有料)に到着する。そこからは歩きで地獄谷温泉の一軒宿である後楽館の前を通って、地獄谷野猿公苑へ。駐車場からは約15分で到着。

②上林温泉上ルート
バスの終点、上林温泉の奥に地獄谷へ通じる遊歩道の入り口がある。最初は少し登り道だが、後は平坦な林道が続く。こちらもやがて後楽館の前を通過し地獄谷野猿公苑へ。徒歩約30分、距離にして1.8Kmなのだが... 冬は滑り止めがないと危険だ。

 

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ウインターブーツでも、石の階段や木道はツルツル滑る。宿に泊まるなら上の写真のような縄をもらって靴に巻くといい。また車中泊なら下の写真のような雪道用の簡易滑り止めを持参することを強くお勧めしたい。インターネットで探せば似たようなアイテムがいくつか見つかる。

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こちらが地獄谷温泉の一軒宿の後楽館。

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橋の右手に白い蒸気があがっているのが下の噴泉。

 

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この氷柱を見れば、地獄谷がいかに寒さの厳しいところであるかが分かる... 今でも後楽館の熱い露天風呂にやってくるお猿もいるという。

 

そして待望のお猿の温泉に到着。

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これらの写真を見て... さぞや凄い望遠レンズを使用したに違いない!
と思った人もいると思うが、実態はこうだ(爆)

 

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ドラマと同じで舞台裏を見てしまうと興ざめしてしまうかもしれないが、ここにはライブカメラがあるので、実はその様子が茶の間でも丸見えなんだな(笑)。

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僕が訪ねた2009年は、白馬の雪質に外人が惚れ込み、北海道のニセコからこちらにどんどんやってくるようになった時期。そのせいもあって、この日の現場にいた日本人はたったの二名。そう、僕と家内だけだった... 

 

より詳しい内容については以下のサイトをご参考に。

地獄谷野猿公苑の公式サイト

地獄谷野猿公苑 ふぃーるどのーと

特にふぃーるどのーとは、地獄谷野猿公苑のスタッフが書いており、現地での様々な出来事がつぶさに綴られてるのでお勧めだ。動物と生きることの楽しさや辛さがよく伝わってくる。

なお車中泊で行かれる方には、下の道の駅が最寄りのスポット。詳しいガイドを記載しているので、こちらもあわせてご参考に。

道の駅 北信州やまのうち

 

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安曇野 大王わさび農場

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日本最大規模を誇る大王わさび農園は、年間約120万人が訪れる安曇野ナンバーワンの観光スポットである。入場無料ということもあって、個人・団体を問わず、本当に多くの人がやってくる。また、ここは黒澤明監督の映画『夢』のロケ地としても知られている。

 

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「大王」は敷地内にある大王神社に由来し、この神社は民話に登場する八面大王の胴体が埋葬されているとされている。 

オフィシャルサイト

長野県南安曇野郡穂高町
入場無料、8時半〜17時(11月〜2月は9時〜16時半)無休、
P400台、TEL0263-82-2118

 

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広大なわさび田に引かれる湧水は一日12万t。
四季に関わらず12℃という安定した水温のおかげで、収穫は年間通して行われる。ただし、直射日光に弱い為、4月から9月末までは黒い寒冷紗でわさび田を覆っている。

 

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一番の名物は、このわさびソフト。
もちろん甘さは控えめだが、かといって辛さもない。無味といってしまえばそれまでだが、口当たりの良さだけが強く印象に残った。

 

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わさびの栽培品種は、長野23号、真妻、正緑など。
収穫されたわさびは、このように生で売られている他、様々な加工品に姿を変えて売店を賑わかせている。そのあたりは富良野のラベンダー農園「ファーム富田」とよく似ている。

 

 

 

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ふ~みんの里 白馬夢農場/長野県

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ふ~みんの里にラベンダー畑と聞いて... 
最初はマジで細川ふみえが経営している施設だろうと思ってしまった(笑)。

それにしてもこのネーミングは、いつの時代からそのままなのだろう。
ふ~みんは風民と書くらしいが、そう悪い施設ではないだけに、今風に名前を変えればイメージもかなり違ってくるように思えてくる。

 

さて、この建物に見覚えはないだろうか...

実はこの山小屋はテレビ東京の水曜ミステリー9で放送しているシリーズの1つ、「北アルプス山岳救助隊・紫門一鬼」で使われている山岳救助隊の本部なのだ。ドラマの主なキャストは

紫門一鬼(山岳救助隊隊長)...高嶋政宏
一色宏美(山岳救助隊員)...一色彩子
石田鉄平(山岳救助隊員)...小林健
小室康平(白馬北警察署主任)...渡瀬恒彦

よもやここにそんなロケ地があるとは知らず、たまたま訪れたのだが、偶然にもドラマを見ていた僕らは、すぐにソレだと気がついた。

 

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ここの目玉は、北アルプスの山々を背景に咲くラベンダー畑だが、行った時はまだ咲き始めたばかりで、全景を撮るには至らず... この調子だと8月初旬頃に見頃を迎えそうだ。

 

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夢農場ではおとな一人500円の入場料をとられるが、風の館まで行けば代わりに写真のソフトクリームか、ソフトドリンクがサービスでもらえる。味はファーム富田のものとさほど変わらず... まあ悪くはない。


そう、ここは総じて「まあ悪くはない」という印象だった。ただ、パンフレットのように花が美しい時期であれば、評価も違ってくることだろう。

 

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ちなみに... 僕が使っているサンヨーのカーナビGorillaの場合、夢農場を電話番号で検索すると、はるか下に建つ写真のプチホテルが目的地として設定された。夢農場は、このホテルからさらに細い道をどんどん登り、途中からは未舗装の林道に出ても登り続けた終点にある。

 

 

 

 

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青鬼集落の棚田/長野県 白馬

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「青鬼」と書いて"アオニ"と読む。
重要伝統的建造物保存地区に選定されている青鬼集落は、白馬村の北東端の標高約760mの山腹にあり、現在もひっそりと落ち着いた環境を保っている。国道148号を白馬から小谷方面に進むと、集落への曲がり口にあたる角に小さな看板が立てられているが、気をつけていなければ通り過ぎてしまう程度のものでしかない。

 

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集落の南西方向には北アルプスの五竜岳、鹿島槍ヶ岳の展望が広がり、東側の石垣を伴った水田は「日本の棚田百選」に認定されている。
残念なことに... 僕が訪ねた時期が盛夏だったため、棚田の様子がわかりにくいが、田植えや稲刈り前の朝夕には美しい光景が見られそうだ。
ちなみに撮影は午前中に行く方が良い。午後からは真逆光となり、山並が撮れない状況になる。


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建造物群のうち主屋は江戸時代後期から明治後期にかけて建築された茅葺き(現在は鉄板被覆)の家屋で、14戸が現存している。

 

 

 

 

 

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八方尾根 自然研究路/長野県

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田園風景が続く白馬の山麓から、見上げるように聳え立つ北アルプスの山々。
八方尾根とは、白馬連峰と呼ばれる主峰のひとつ、唐松岳付近の稜線から延びる水平距離約7.5km、標高差約1,900mのなだらかな尾根を指していう。

ウインターシーズンには、本州屈指の難度を誇るゲレンデとして、日本はもとより今は海外からも多くのスキーヤーたちがこの地に集うが、高山植物で色づく夏山シーズンの八方尾根も見逃せない。
八方アルペンラインの終点、八方池山荘から標高2,060mの八方池までの約2.5kmは、木道・階段等で整備されたトレッキングルートになっており、「八方尾根自然研究路」の名で親しまれている。

ではこれから、その手軽に日帰りできる風光明媚な山歩きのコースを写真とともにガイドしよう。

 

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このマップは、ゴンドラの始発駅になる八方駅で手に入る。名刺サイズほどに小さくたたまれているので見逃さないように。まあ、別になくても迷子になる心配はなさそうだけど...(笑)

 

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自然研究路へのアプローチは、ゴンドラリフト「アダム」への乗車から始まる。
クルマは八方駅周辺の有料駐車場に停めることもできるが、旅館街を7分ほど歩いて下れば、無料で利用できる八方第三駐車場がある。ここにはトイレがあり、温泉にも近いので車中泊をされる方には特にお勧めといえそうだ。

 

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八方アルペンラインとは、八方尾根ゴンドラリフト-アルペンリフト-グラートクワッドリフトの3つを結ぶ経路のこと。総延長3,445m。標高差1,060mを一気に登り、わずか40分ほどで標高1,830mの第1ケルン・八方池山荘へと運んでくれる。
大人往復2600円... 好天に恵まれれば、きっと安く感じられる。

 

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アルペンクワッドリフト。
足元に高山植物を見ながら、涼風の中を進んでいく... 

 


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オリンピックのスタートハウスが見えれば、まもなくアルペンクワッドリフトの終点。
いよいよガスに煙る白馬の山々が見え始める。

 

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グラートクワッドリフトへの乗り換え道からの光景。ここはお勧め撮影ポイントの1つだ。

 

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眺めの良かったグラートクワッドリフトを降りると、いよいよトレッキングが始まる。
道は木道や石畳で、緩やかな勾配が続く。

 

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残雪が現れれば、まもなく第二ケルン。八方池山荘からここまではゆっくり歩いて45分ほどだ。途中の道沿いには希少な高山植物の姿が見られることも多いので、景色とともに自然の恵みを味わいながら歩いてほしい。トレッキングは山登りのように時間を気にする必要はないのだから...


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ほんの数本だけではあったが、小さなクルマユリの花とも出逢えた。

 

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第二ケルンに到着。いよいよクライマックスは間近である。
「ケルン」とは、登山で霧が出た時に道に迷わないように石を積んで作った道標のこと。

 

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そしてゴールの八方池に到着。
八方池は、雪に押し流された土砂の堆積でできた自然の池で、サンショウウオやモリアオガエルなどが生息しているという。
なおこのように湖面に映し出される山の写真を撮りたい場合は、池の周囲の木道まで降りること。基本的に晴れていれば、ガスがかかっても待てば山が顔を出す可能性は高い。


また八方池から先も唐松岳まで山道は続いているが、ここからさらに約2時間30分を要する本格的な登山コースだけに、それなりの装備が必要となる。山は登りよりも下る方が足への負担は大きくなるので、たとえまだ午前中であっても無理は禁物。少し余裕を残して帰るくらいでちょうど良い。

 

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今回もっともたくさん見られた花はシモツケソウ。線香花火のような咲き方をする綺麗な野草だ。


最後に...
真夏は日焼けと喉の渇きに対する準備を万全にしてからお出かけを

 

 

 

 

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白馬ジャンプ競技場 長野県

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八方尾根の麓にノーマルヒルとラージヒルの2つジャンプ台が並んで見える白馬ジャンプ競技場は、いわずと知れた長野オリンピックの栄冠の舞台だ。

長野オリンピック(第18回冬季オリンピック)は、1998年2月7日から2月22日まで、長野市とその周辺を会場にして開催された20世紀最後の冬季オリンピック。日本代表は冬季五輪史上初の二桁となる合計10個(金5・銀1・銅4)のメダルを獲得し、地元を大いに沸かせたが、笠谷・今野・青地の3人で表彰台を独占した札幌オリンピックの活躍以降、日の丸飛行隊の愛称で親しまれてきた日本ジャンプ陣の活躍は一際顕著で、金2個、銀1個、銅1個のメダルを、このジャンプ台で勝ち取った。
また同時に、この優勝によって悪夢といわれたリレハンメル・オリンピックの呪縛から、われらが愛すべき男、原田雅彦は開放されたのである。


●ノーマルヒル個人  船木和喜・銀メダル
●ラージヒル個人   船木和喜・金メダル/原田雅彦・銅メダル
●ラージヒル団体   岡部孝信/ 斉藤浩哉/ 原田雅彦/ 船木和喜金メダル

 

 

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このジャンプ競技場では、試合開催日とリフトが運休する4月上旬~中旬、11月中旬~下旬を除いて、一般客もリフトとエレベータでスタートタワーに登ることができる(大人: 往復500円、小人: 往復300円、白馬村オリンピック記念館入館料含む)。写真はラージヒルで選手が滑り出すスタート付近から写したものだが、ジャンプ以前にここから滑り降りる勇気があるだけでもたいしたものだと思う。

 

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この写真は2005年にスキーで白馬を訪れた時に撮影したもの。施設は年々老朽化が目立つようになってきたが、構造上莫大な費用がかかることから改修がままならず、今はFIS公認ジャンプ台の更新ができずスキージャンプ・ワールドカップの開催地からも外されてしまっているとのこと。日本の栄光を刻む施設だけに、民主党の逆仕分けの対象になってほしいものだ。

 

白馬村のジャンプ競技場紹介ページへ


 

 

 

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高知県立 坂本龍馬記念館

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高知県立坂本龍馬記念館 ホームページ

所在地 - 高知県高知市浦戸城山830番地 ℡088-841-0001
休館日 - 年中無休
開館時間 - 9:00~17:00
入場料 - 大人500円・高校生以下無料

桂浜から少し上がったところに建ち、国民宿舎「桂浜荘」に隣接している。
この記念館のウリは、龍馬の手紙。ホンモノ4通をはじめ、複製をあわせると実に40通もの書簡が地下2階のガラスケースに保管されている。

 

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また薩長同盟の裏書や海援隊の規約、あるいは他では見られなかった龍馬の日本国内の詳しい足跡地図や龍馬が所持していたピストルの模型、さらにはお龍さんとの新婚旅行の詳しい様子なども展示されており、龍馬に強い関心を持たれる人にはかなりマニアックな情報が集められたお勧めの場所といえそうだ(笑)。

 

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いっぽう2階にあがると、フロアのちょうど真ん中あたりに、龍馬が暗殺された京都の近江屋の部屋が復元されている。ここは座敷にも上がることができるので、記念撮影をする人が多いようだ。
また龍馬の暗殺に隠された謎に関しても、かなり詳しい解説が記されている。ちなみに近江屋の様子は京都の霊山歴史館にミニチュアながら建物全体を復元したリアルな模型が展示されている。

 

最後に、この記念館で僕がぜひお勧めしたいのが、解説ナレーションを龍馬ファンの第一人者である武田鉄矢が担当した公式DVD。記念館では受付のフロアの奥で随時モニターに流されているが、あの「勝海舟」が語りかけてくれるようで、なんとも不思議な気分になる(笑)。ちなみにDVDは市販されており、どうしても見たいという人はアマゾンで手に入る。

 

 

それから、車中泊で行かれる方には朗報を。

坂本龍馬記念館の奥にある駐車場には屋外トイレが設けられており、無料で車中泊が可能(桂浜の駐車場は有料)。しかも隣接する桂浜荘自慢の展望風呂まで利用できてしまうのだ。外来利用ができる時間が短いのは残念だが、高知市内で車中泊するならココが一番お勧めだろう。夕食はぜひ、近くのカツオのタタキ道場で。

 

◆桂浜荘 入浴料金(日帰り)
大人570円・小人340円・幼児230円

◆利用時間(日帰り)
AM10:00~PM3:00

食事とセットの日帰りプランも用意されている。詳しくはこちらで...

 

 

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坂本龍馬の銅像 桂浜

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坂本 龍馬(さかもと りょうま、天保6年11月15日(1836年1月3日)- 慶応3年11月15日(1867年12月10日))は、日本の幕末を代表する国家的英雄。土佐に生まれ、脱藩したのち、奇跡と思われた薩長同盟を実現し、大政奉還から明治維新に大きな影響を与えた。

その波乱に満ちた33年の人生は、司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』で広く世に知れ渡り、2010年にはNHKの大河ドラマでも取り上げられることに。「龍馬伝」は主役の福山雅治と彼を取り巻く多くの名優たちの好演で、なかなかの人気を得ているようだ。

 

<以下、「龍馬伝公式サイト」より引用>

土佐藩、高知城下に町人郷士・坂本家の次男として生まれた。坂本家はもともと商家で、龍馬は自由で合理的な町人気質にふれながら育った。窮屈な土佐藩を飛び出し、幕臣・勝海舟のもとで航海術を習得し、長崎で貿易会社を兼ねた政治結社・亀山社中、そして海援隊を組織する。対立していた薩摩藩と長州藩の間を調停し、薩長同盟の締結に尽力。さらに、徳川慶喜の大政奉還を画策し、明治維新を大きく進める原動力となった。何者かに暗殺され、「世界の海援隊を作る」という夢半ばにして、33歳の短い人生の幕を閉じた。

 

ただ、龍馬は生前より死後に有名になったこともあり、小説やドラマで描かれる人物像は実際の龍馬とはかなり異なっているのではないかという指摘もあるという。

 

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さて、写真は高知市の桂浜を見下ろす高台に建てられた坂本龍馬の銅像。
行政ではなく、高知県の青年有志が募金活動を行い建立したという。この龍馬像が除幕されたのは、昭和3年(1928)5月27日の海軍記念日。くしくも海軍記念日は明治38年(1905)、日本海海戦で連合艦隊がバルチック艦隊を打ち破った日にあたる。
海援隊の隊長として、日本海軍の基礎を築いた龍馬の銅像の除幕式には、駆逐艦が派遣されて祝砲を撃ち、陸軍も式典に参加したという。当時の龍馬のイメージは軍事色の強いものであり、軍国主義の時代には英雄視されていたことから、戦時中の鋼材不足の際でさえ、この銅像だけは供出を免れたのではないかと憶測されている。

 

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龍馬の銅像から石段を降りれば、月の美しさで有名な桂浜に出る。
漫画やドラマでは、ここで姉の乙女と剣の練習をしたり戯れるシーンが登場するが、竜馬の実家から桂浜までは直線にしても7.8キロは離れているようで、そうたびたび...というわけではなかったのかも知れない。

 

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