
賑やかな銀座通りを通り終え、林の木陰を少し進んだところに小さな礼拝堂がある。
軽井沢で最も古いこの教会は、軽井沢を避暑地として世に知らしめた、アレキサンダー・クロフト・ショー氏が宣教師をしていた教会だ。礼拝のない時は内部が公開され、見学できるようになっている。
所在地 長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢57-1
開館時間 9時 ~ 17時 (7 ~ 9月は9時 ~ 18時)
休館日 木曜日・祝日の翌日 ※7月15日 ~ 9月15日は無休
(11月1日から翌年3月31まで休館)
入館料 無料
その礼拝堂の裏手には、ショーの別荘が復元されている。

軽井沢はもともと中山道の宿場町として開けた集落だが、江戸幕府が倒れ参勤交代がなくなると、街道を往来する旅人が急激にいなくなり、文明開化とともに衰退の一途をたどっていた。
明治19年、たまたまそんな軽井沢を通りかかったのが、カナダ生まれで英国国教会の宣教師、アレキサンダー・クロフト・ショーである。彼はこの地の環境に感動し、2年後に旧軽井沢の大塚山(だいづかやま)に簡素な別荘を建てた。

ショーは友人の宣教師たちに軽井沢を 「屋根のない病院」と称し、「保健と勉学に適している」とすすめた。すると、年を追って彼らの別荘が建ち始めた。航空手段がなかった当時は、夏休みがあっても故郷へ帰るには時間のかかる船を使うしかなく、東京のうだるような暑さから開放される軽井沢は格好の避暑地だった。
明治後期には、避暑に訪れる人々を受け入れるホテルもでき、大正期になると、西武などの資本の参入で別荘地の分譲が盛んになっていく。
軽井沢の再生と発展の礎を築いたショーは、亡くなった今でも軽井沢の人々から愛される存在のようである。
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