
坂本 龍馬(さかもと りょうま、天保6年11月15日(1836年1月3日)- 慶応3年11月15日(1867年12月10日))は、日本の幕末を代表する国家的英雄。土佐に生まれ、脱藩したのち、奇跡と思われた薩長同盟を実現し、大政奉還から明治維新に大きな影響を与えた。
その波乱に満ちた33年の人生は、司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』で広く世に知れ渡り、2010年にはNHKの大河ドラマでも取り上げられることに。「龍馬伝」は主役の福山雅治と彼を取り巻く多くの名優たちの好演で、なかなかの人気を得ているようだ。
<以下、「龍馬伝公式サイト」より引用>
土佐藩、高知城下に町人郷士・坂本家の次男として生まれた。坂本家はもともと商家で、龍馬は自由で合理的な町人気質にふれながら育った。窮屈な土佐藩を飛び出し、幕臣・勝海舟のもとで航海術を習得し、長崎で貿易会社を兼ねた政治結社・亀山社中、そして海援隊を組織する。対立していた薩摩藩と長州藩の間を調停し、薩長同盟の締結に尽力。さらに、徳川慶喜の大政奉還を画策し、明治維新を大きく進める原動力となった。何者かに暗殺され、「世界の海援隊を作る」という夢半ばにして、33歳の短い人生の幕を閉じた。
ただ、龍馬は生前より死後に有名になったこともあり、小説やドラマで描かれる人物像は実際の龍馬とはかなり異なっているのではないかという指摘もあるという。

さて、写真は高知市の桂浜を見下ろす高台に建てられた坂本龍馬の銅像。
行政ではなく、高知県の青年有志が募金活動を行い建立したという。この龍馬像が除幕されたのは、昭和3年(1928)5月27日の海軍記念日。くしくも海軍記念日は明治38年(1905)、日本海海戦で連合艦隊がバルチック艦隊を打ち破った日にあたる。
海援隊の隊長として、日本海軍の基礎を築いた龍馬の銅像の除幕式には、駆逐艦が派遣されて祝砲を撃ち、陸軍も式典に参加したという。当時の龍馬のイメージは軍事色の強いものであり、軍国主義の時代には英雄視されていたことから、戦時中の鋼材不足の際でさえ、この銅像だけは供出を免れたのではないかと憶測されている。

龍馬の銅像から石段を降りれば、月の美しさで有名な桂浜に出る。
漫画やドラマでは、ここで姉の乙女と剣の練習をしたり戯れるシーンが登場するが、竜馬の実家から桂浜までは直線にしても7.8キロは離れているようで、そうたびたび...というわけではなかったのかも知れない。
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